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共産党物語タイトル
入党後の活動朝日
ナンバー職場を変えたい、良くしたい
加藤は1966年に日本共産党に入党し、当初は社会科学の学習に力を入れました。そして、仲間と日本民主青年同盟神鋼班をつくって、会社の職場で青年がいきいきと働ける条件の実現と、労働組合が働くものの立場にたって民主的に運営されるように、努力しました。
職場の青年の要求を持ちより、「春闘を勝利させよう」「神鋼名物ネコマタギ・・・給食の改善を」「世界の誇る神鋼の低賃金・・・結婚できる賃金を」など手書きステッカーを作成し、会社門前近くに張り出すなどの活動をしました。多くの趣味の職場サークルをつくり、神鋼くろがね倶楽部の文芸部・美術部にも参加しました。

ナンバー職場での仕事ぶりと信望
職場では、小形加工工場の工程管理室に所属し、「工程室の管理サン」と言われ、仕事はでき、賃金面では同期の者の中でトップ(細川作業係長の言)でした。小形会(圧延工場と加工工場合同の親睦会)の幹事に選ばれたり、職場レク会会長もやり、信望は厚いものでした。

ナンバー「オリオングループ」活動
1967年ごろ、小形圧延運転班のサークル「オリオングループ」の結成総会に参加し、会長に選ばれました。「オリオングループ」は自らの啓蒙と社会に役立つ人間形成を目指し、毎月一回の例会を持ち、社会奉仕活動・健全なレク活動を企画実行するサークルでした。
会員数は常時30名程度で男女半々、女性は小泉製麻・加美乃素・甲南漬などの婦人労働者、男性は神鋼の青年労働者でした。
ある日、職場で後藤班長からから組長室に呼ばれ、「加藤君、サークル活動を活発にやっているようだがどんな組織かね?」と尋ねられたので、会則を提示して説明すると「健全な青年の組織である」と理解されたようでした。この会は約3年半続き、その間、神戸製鉄所の所内報「ほむら」にも掲載され、職場でも有名になりました。

ナンバー新在家神鋼寮における自治会活動
新在家神鋼寮における自治会活動では、図書委員・文化部長・財政部長・副会長・会長などを歴任し、自治会の民主化と各種の文化・体育・レク行事を実施しました。と同時に、食事内容の改善や娯楽室つくり、テレビの設置・洗濯機の新調・「南京虫退治」等の福利厚生面の取り組みなど、650名寮生の要求の先頭に立って、快適な寮環境・寮生活の実現に努力しました。

ナンバー 会社の監視、尾行・張り込みの動き
寮生活の中で1967年ごろ、加藤は新在家神鋼寮の寺西育造総合寮長から寮生の中で共産党員と目される堂薗・渋田・松浦ほか数名の転向工作を依頼されたことがありました。その当時、会社はまだ加藤を共産党員組合活動家とは見ていませんでした。しかし、寮自治会、サークル活動、職場活動などで積極的であっただけに、会社はしだいに警戒するようになりました。民青同盟が大きくなるにつれ、保安課員が頻繁に職場に来て監視をするようになり、尾行・張り込みなどもやられました。職場の上司からも、日本共産党に入っているのではないか、「民青」に入っているのではないかと探られるようになりました。

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