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共産党物語タイトル
会社、職制からの攻撃(監視、転向強要、労働者からの切り離し)その1朝日

[筆者注:裁判記録には登場人物は実名で載っていますが、ここ6章では仮名を使っています。]

ナンバー上司が家に招き、繰りかえし転向を迫る
1970年ごろ、加藤が工程班で働いていた時、直接の上司である益子(仮名)班長が「加藤君、大事な話があるので、今日、末永(仮名)さん(係長)とこで話し合いたい。台場(仮名)さん(組長)も一緒に行くから」といってきました。

そして、会社帰りに3人で末永係長宅へ行きました。末永氏は先に帰って出迎え、通された部屋には酒肴が準備されていました。酒を注ぎながら末永氏は「加藤君、思想・信条は自由だが、共産党・民青に入っておるんやったらどうかやめて欲しい」「工程管理室でよう頑張っておるし、将来ある身や」と転向を迫りました。加藤は黙っていました。末永氏は更に「職場の若いものを誘わんといて欲しい」とも言いました。益子、台場氏は暗い悲しい顔をして何も言いませんでした。

数日後、加藤は益子班長に呼び出され、仕事を終えた後、益子、台場、末永、加藤の4人が益子班長宅に集まりました。
益子班長は「共産党は冷たい組織だ。加藤君に何があっても助けてくれない。小林多喜二の『党生活者』でも自分の思想・信条のために女を犠牲にした」「以前に会社の文芸部に党員が入ってきて、読書会でマルクス・レーニン主義の本をテーマにしてくれと引っかきまわされたことがある」「組織に入ると自由がなくなる」などと言って転向を迫ってきました。
台場組長は、何も言いませんでした。
益子係長は、黙っている加藤に「共産党、民青に入っているかどうかは言わんでもいいが、どの位の活動をやっているのか、現在どの位置にいるのか言ってくれ」と語気を強めて言いました。加藤は「思想信条の自由は憲法で保障されている」とのみ答えました。

加藤は、仕事の面では、益子、台場、末永の各氏に入社以来ずっと教わり、ここまでやってこれたことには恩義を感じ、感謝していました。特に益子氏は本工時の保証人であり、息子のように気を使ってくれていました。文芸部に入ったのも、短歌に親しむようになったのも益子氏のお陰でした。

しかし、会社は身近な上司を使って、人の尊厳に係わる思想信条の変節、転向を迫るという最も恥ずべき行動を行わせ、加藤とその人たちがこれまで培ってきた関係を根こそぎ破壊したのです。加藤はこのような非人間的な仕打ちの非情さに強い憤りを感じまたのでした。

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ナンバー上級職から一般職に格下げし、孤立化工作
1970年9月下旬、小形加工工場のローテーション('70年10月1日付け)が発表されました。加藤は編成表を見て驚きました。疵取班の最後尾に加藤三彦の名前があったのです。加藤は、末永係長に対して「なぜ私を工程班から疵取班へ行かせるのか。しかも上級職から一般職に格下げされている。どういうつもりか」と詰め寄りました。末永係長は「加藤君に工程班の仕事だけでなく、もっと幅広い知識を身につけてもらうためです。上級職から一般職になったことについては、賃金面で6ヶ月間、上級職の賃金を保証します」との返事でした。「共産党、民青やめろ」の転向強要を拒否した直後のことでした。

加藤は、疵取班の一般職で検査記号担当となりました。エリート集団(工程管理室)から放り出された加藤は、一時挫折感を味わいましたが、これで心の隅に残っていた立身出世主義を払拭することができたのでした。その後はローテーションの都度、各班をくるくると配置転換させられました。上司である疵取班のK、A、T班長らは「加藤君は共産党にだまされとるんや」「共産党は全体主義で自由がない。ソ連や中国をみてみい」「今の日本は資本主義だからあんたの思想とは相容れない。会社をやめたらどうや」など、仕事と関わりのないことで攻撃を加えてきました。加藤はひとつひとつ事実にもとづき上司の言い分の誤りを指摘しました。上司らは全く反論できませんでした。

最初のうちは職場のみんなの視線を冷たく感じました。降格は「みせしめ」であり「人権侵害」であるが、加藤はみんなととけ合える努力をし、下請けの人たちと一緒になって働き、職場のレクにも積極的に参加しました。

ようやくにして、その組班の人たちと親しくなり、ぎこちなさを克服した頃になるとローテーションがあり、4直3交替のA、B、C、D組をくるくると変えられるのでした。ひどい時は、加藤と工程班の一人を残し、40人全員を他組に変えることもありました。加藤が職場の仲間との結びつきを強めることを恐れた分断孤立化工作でした。新しい組班の人たちは事前に「加藤と口をきくな、つきあうな」と言われ、加藤を避ける態度がみてとれました。しかし、加藤はひるまず、すぐにみんなと馴染みになり人気者になりました。

加藤は民青同盟員を増やし、赤旗読者を職場で増やしました。工場内で配転が繰り返されればされるほど影響力が広がっていくのでした。皮肉なことに会社が攻撃をかける都度、加藤を鍛える結果となったのです。


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