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共産党物語タイトル
差別の実態と対応朝日
その1
ナンバー賃金、昇格昇進差別の実態と差別是正の闘い
(1)賃金、昇格差別

加藤が、1962年4月17日に入社して以来の昇格の推移は次のとおりです。
社員段階期間月数備考
定期工1962.04.17〜1963.04.3012月(1年)
作業員1963.05.01〜1966.12.3143月(3年7月)
作業員3級1967.01.01〜1967.03.313月(3月)
作業員2級1967.04.01〜1969.03.3124月(2年)
社員3級1969.04.01〜1977.09.30102月(3年6月)1970年差別の始まり
技術員1級1977.10.01〜1979.03.3118月(1年6月)
技手4級1979.04.01〜1989.03.31120月(10年)
技手3級1989.04.01〜1996.03.3184月(7年)
技手2級1996.04.01〜1998.10.0130月(2年6月)
(1998年10月1日現在)

差別の始まり以前は、同期入社・同年齢の者と比べてトップクラスの昇格でしたが、差別が始まってからは、作業員3級=技術員1級(社員制度が変わり呼称が変更になった)から技手4級になるのに10年を要し、技手3級になるのに更に10年を要し、技手2級には7年かかりました。

技手4級への昇格の際は、上司に対して「今度昇格させなかったら裁判闘争も辞さない」と決意を述べた直後に昇格しました。
技手3級になる時は、源泉徴収票を上司に見せて昇格させるよう申し入れたことと、当時の圧延部長と直談判して問い詰めた結果でした。
技手2級については、室長に差別是正を申し入れ、更に神戸製鉄所長に直訴したこと、そして兵庫県地方労働委員会に救済の申立を行い、会社が不当差別を否定できず、地労委の命令がでないうちにと考えた結果であると思われます。

いずれにしても同期入社・同年齢の者との著しい昇格の遅れは、働くものの立場に立ち、正当な労働組合運動を進め、労使協調・会社との一体化路線の組合執行部に批判的な加藤に対して、会社が明確な差別意思を持ち、恣意的に昇格を遅らせ"みせしめ"としてきたもので、不当労働行為以外のなにものでもありませんでした。

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ナンバー子どもを抱えて夫婦共同の闘い

加藤は1973年の勤労感謝の日に結婚しました。1975年長男誕生、1977年長女誕生。
会社に対していくら要求しても社宅に入居させてもらえず、さらにひどい賃金差別のために、生活苦を余儀なくされました。
妻加代子さんとの共働きでなんとかしのいできました。加代子さんは生粋の労働者で結婚の第一条件は「結婚しても子供が生まれても、働き続けることを保障する」ということでした。加藤は保障しましたが、実際は大変な毎日でした。子供が生後6ヶ月にならないと保育所に入れなかったので、その時には間違いなく保育所に入れてもらえるよう、大きいお腹を抱えた妻と共に区役所を訪ね交渉しました。産後の休暇が終わってからは一時助産婦のもとへ預け、二人目は赤ちゃんホームへ、そしてふたりの子供が2ヶ所の保育所へ、その後一ヶ所にまとめてもらえましたが、往きは妻が、帰りは加藤がという具合に送り迎えが大変でした。食事も当番制で分担しました。
妻が働くことを保障することは人間としての要求をかなえることでしたが、実際の生活では働いてもらわなければ生きていけないというものでした。


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